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感想記

映画、音楽、小説、アニメ等、あれやこれやと乾燥機

一週間フレンズ。

アニメ「一週間フレンズ。」。

 

友達の記憶が一週間ごとにリセットされてしまう藤宮さんと、毎週友達になる長谷君のお話。

 

1.リセットされる記憶

 リセットされてしまう記憶というので、私が思い出すのは映画「メメント」とその元ネタになったであろう実在の人物、クライブ=ウェアリング。

 

メメント」は妻を殺され、自分も殺されかけて、その後遺症で、短い間(数十分か数時間くらいだったかな)で記憶がリセットされてしまうようになった主人公が、記憶リセット後の自分へのメッセージを、体にペンで入れ墨し、またそれを読み取みとることにより、自分から妻と新しい記憶を奪った相手に復讐するというお話。

 

で、おそらく「メメント」の作者がメメントを作る上でヒントにしたのが、ウィルス性の病気による脳障害で、7秒毎(もうちょっと長かったりするようだけど)に記憶がリセットされてしまう実在の人物、クライブ=ウェアリング。ウェアリングも日記をつけたりしているのだけど、彼にとってその日記は7秒毎に初めてみるものになるので、その中身は「H時M分、意識が戻ったぞ!」の繰り返し。

 

記憶のリセット、日記を書く事で記憶がリセット後の自分に情報を伝達するといった設定など、「一週間フレンズ。」の元ネタはこの辺なんだろうけど、「一週間フレンズ。」にはこれらの設定要素にもう一つの要素が加えてあって、それが次の項目。

 

 

2.友達のことだけ思い出せない

藤宮さんは友達に関することだけ思い出せない。1話の、藤宮さんが長谷君との屋上での事を思い出そうとするシーンで、長谷君の顔が斜線になってるのを見ていて、この友達のことだけ思い出せないていうのは、(これを読んでいる人は経験があるだろうか?)好きな人の顔だけ思い出せないという現象をヒントにしているんじゃないかな?と思った。

 

というわけで、「一週間フレンズ。」を簡単に表すと、

 

一週間フレンズ。」 = 「メメント」 + 好きな人の顔が思い出せない現象

 

さて、なんで好きな人の顔だけ思い出せないなんてことが起こるのだろうか?

 

今、思いついた、とりあえずの説明: 人間は好きな人を美化してしまいがち、でも、実際の人間の顔ってそこまで対称的で整っているわけではない。だから、実際にはそこまで美しくないその人の顔の写実的な記憶に対して、いやいや、あの人がこんな顔なわけない、と脳のどっかの部分が判断して、結果、好きな人の顔以外の記憶とその人の顔の記憶を結びつけることができないということが起こり、顔をおもいだせなくなる。

 

一般的に女性より男性の方が、恋愛において相手の容姿を重視する傾向があると言われているから、この説明が正しいなら、好きな人の顔が思い出せない現象の経験者は女性より男性の方が多いということになるじゃないかな? また、いわゆるブス専の方々の間ではこの現象の経験者は少ないということになるのではないか? どうなんだろう?誰か調べておくれ。

 

それから、この現象、顔限定なんだろうか? 好きな人の体系なんかも思い出せなかったりするもんなのか? 手ふぇちの人で、好きな人の手だけ思い出せないなんてこともあったりするんだろうか? 後、全盲の人で、好きな人の声だけ思い出せないとか?

 

 

3.学校の張り紙

 「タマゴッぺ」と「ナンパするな」と書かれた張り紙が校内に貼られているシーンが2回(多分)あった。 タマゴッぺはいいとして、「ナンパするな」の意図がイマイチよくわからなかった。

 

高橋留美子の漫画「らんま1/2」の、登場人物が壁をこわしているシーンなんかで、何故か「壁を壊すな」という注意書きが貼ってあったりして笑えるコマがある。この作品での「ナンパするな」の張り紙も同じ様な意図で貼られていたんだろうか? だとすると、アニメの制作者達は長谷君の行為をナンパと捉えていたということになる。でも、同じクラスの生徒の間でナンパするということが概念的に可能なのかは疑問。そして何より、全然おもしろくない。もし、これ以外の意図があったとすると、それがなんだったのかは不明。

 

 

4.演出

「友達との喧嘩。」

長谷君と喧嘩して、屋上で一人でいる藤宮さん。河川敷が写り、タンポポの綿毛がよこを飛んで、藤宮さんが長谷君を探しに走り出すというシーンがあった。

 

それから河川敷で長谷君を見つけたシーンでも、長谷君の「声かけてくれてありがとう」という言葉を聞いた藤宮さんの前をたくさんのタンポポの綿毛が舞っていたし、 日記が見つかるように祈る藤宮さんの前にも綿毛が飛んでいた。

 

これらのシーンで、藤宮さんの感情を表現する演出としてタンポポの綿毛が使われていたのなら、それはベタかもしれないが、効果的な演出に思えるんだけれど、それ以外のところでも綿毛が飛びまくっていたので、なんのための綿毛だったのかよくわからなかった。

 

「友達とトモダチ。」

長谷君と藤宮さんが屋上にいるシーンで、藤宮さんが九条君の話をしだしたとたんに、雲で日が陰る。この演出は意図が明確だったと思う。

 

「友達と海。」

たこさんウィンナーのくだりの直後に突然背景が発光するシーンがあった。時間の経過を表すためのものだったんだろうけど、違和感を感じた。

 

 

総評

まあまあ楽しく見れる、可も無く不可も無くといった感じ。ABCDでの評価はC。