感想記

乾燥注意

オン・ザ・ロード

"We've got to go someplace, find something."

 

Yea, because we ain't gonna find nothing on the road!

 

文学部出身の友人の一押し作品であるジャック=ケロアックの「オン・ザ・ロード」。

つまらなかった。本当に本当に本当に、つまらなかった。あまりにつまらなかったのでちょっと読んで止めて放置、を繰り返し、読むのに一年以上もかかってしまったというほどつまらなかった。

 

M月D日にPへ行ってAをした以外の内容のないブログをひたすら読んでいるような、オチのない話を永遠に聞かされているよな、「ただ書きゃいいってもんじゃないよ!」といったような、この本を読む事、それすなわち苦行、といったような、ヒットラーの考えた拷問じゃないかと疑ってしまうような、つまらない本の代名詞とでも言うべき作品だった。

 

しかし、この作品なぜだか名作といわれている。それが何故かを理解するために、この作品に関する講義を見てみたところ、色々とケロアックがやろうとしていたことがわかった。

 以下、その内容のいくつか:

 

 実体験をできるだけ複製したような小説を書く。

 実体験のあらゆる要素を組み込む。

 時間と同じ早さで進んで行く言葉で書く。

 頭の中の人間の意識の流れを表す。

 躊躇しないで自由に書くことにより、人間の生きるという体験の奥底にあるものを表 す。

 悟りの境地である小説を書く。

 

うーん。。。伝わってこなかったなぁ。 講義を見た後でも作品に対する評価はあまりかわらなかったし、 講義自体ちょっと作品を美化し過ぎのように思えた。

 

ちなみにこの作品、サルとディーンのラブストーリーなんだとか。でも、全くそういう風に感じなかったし、ケロアックが同性愛者と知った上で、この作品を自伝的小説として読まないとなかなかその解釈はでてこないじゃないかと思う。まぁ、ちゃんと読んでなかっただけなのかもしれないけど。

 

とりあえずABCDで評価すると、D。

 

で、結局これがなんで名作と言われているかというと、アイドルの書いてる彼ら彼女らの生活のブログって、そのアイドルに興味がない人にとってはどうでもいいのかもしれないけれど、オタクの人達にとってはそれは凄くおもしろいわけで、それと同じように、ケロアックとビートな仲間達の生き方に憧れた当時の若者達にとって、ケロアックの生活の話はたまらなくおもしろかったんだろう。 そして、そんな当時の若者達が社会的に影響力のある立場にある現在「オン・ザ・ロード」は名作だということになってしまっているのではないだろうか。

 

この本が好きな人、どこがいいのか教えてくれー!

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

現代の日本を代表する小説家の作品を読んでみたい。ある日、そんな欲求に駆られた私がネット検索で該当する作家を調べたところ、おそらくその作家は村上春樹であろうという結論に達した。小説をあまり読まないタイプの人間だった私ですら、「ノルウェイの森」というタイトルは子供の頃から聞き覚えがあったので、「ノルウェイの森」こそ私が読むべき村上春樹の作品であるに違いない、と考え、すぐさまこの本を購入するべく、私は意気揚々と駅ビルの中にある書店へと足を運んだ。しかし、村上春樹コーナーで村上作品の巨獣的とも言えるページ数の多さに直面し、気後れした私は、本当にこの作品を読むべきなのか購入前に今一度考えてみる事にした。それから本屋を後にした私は散歩がてらに近所のパン屋併設のカフェに立寄り、カフェオレ(店員は「ラテ」と呼んでいる)とチョコレートの入ったクロワッサンを購入し、土曜日の午後の秋風に吹かれながらアパートの方へと歩いた。土曜日の午後は何故だかいつも私をほんの少し幸せな気分にさせてくれる。私にとって土曜日は完全な平日ではなく、そして完全な休日でもない。この「ささやか」という形容詞がお似合いの幸福感はきっと土曜日のこの曖昧さからくるものではないだろうか。そんなことを考えながら自宅に戻った私はCDプレイヤーの中に入っていた「ティファニーで朝食を」のサウンドトラックを聞きながら、カフェオレとクロワッサンを楽しみつつ、村上作品の情報収集のため再びパソコンを起動させた。何かを学びたいのならその道のエキスパートから学ぶべきである、そんなソクラテスの言葉を思い出し、私はネットのハルキストと呼ばれる村上春樹ファン達の村上作品紹介ブログをいくつか読んでみた。そして私はどうやらこの「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」こそが平均的ハルキストの、どれか一つだけ村上作品を読むとすればこれだ、という作品であるということと、「終わり」という言葉の送り仮名は「り」だけとする説もあるということを知った。かくして私は、第21回谷崎潤一郎賞受賞作であり、世界の様々な言語にも翻訳されている、この上下巻あわせて1000ページ近いおそらく私が今までの人生で読んだ中で最も長い小説を読むに至り、約一ヶ月かけてこの作品を読破したのだが、この本の感想を一言で言い表すと、たいした事無い。

 

ABCDで評価するとC。

 

良い点:

・二つの話を交互に進めて行って、最後にまとめた。

 

・当時の流行がなんとなく伝わってくる。

きっと、ポール=スチュアートの洋服を着たりストラスブルグソーセージをトマトと煮込んで食べたりするのが、すごくお洒落だったんだろう。それから、そういった流行を取り入れたこの本を読む事もお洒落な事だったんだろう。

 

 

悪い点:

・内容が長さにともなっていない。

ページ数を稼ぐためだけに書いているような箇所が多い。

 

・行き当たりばったりで書いているようで、話が練られていない。

この世界の命運が主人公にかかっているという風に書き始めて、結局そうでもなかったり、計算士や記号士とは別の組織として派手に現れた二人組が、その後話に全く関わってこずに、最後、あれはやっぱり記号士でしたってことにしたり、博士から貰った頭骨が物語の重要な鍵であるという風にしておいて、ただのお土産だったってことにしたり、すごくおもしろくなりそうな期待をさせておいてガッカリさせる展開。

 

その他:

・知ったかぶりな感じが強い。

ハードボイルドワンダーランドの主人公は音楽、文学、哲学等の作品についてよく触れるが、殆ど名前を出すだけで、それらに関する優れた考察があるわけでもなく、彼からそれらに関する深い知識は感じられない。村上春樹が意図的に知ったかぶりな人間を描いているなら成功しているのだろうけれど、村上自身が知ったかぶりな人という印象を受けてしまった。ハルキスト達がこの作品を評価するのは、この作品を読む事で自分達も音楽、文学、哲学等に詳しい人間であると錯覚し、そして、そこから満足感を得ているからではないかとふと思ったりもした。

 

・ハードボイルドワンダーランドの主人公の語り口調。

個人的に「涼宮ハルヒの憂鬱」のキョンを思い出した。きっとハードボイルド小説の主人公はこういう語り口調なのだろうけど。

 

う〜ん、やっぱり「ノルウェイの森」にするべきだったのか? 「ノルウェイの森」は読んだ方がいいんだろうか?